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 大槻美菜行政書士事務所

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一般社団法人アース・ブレークスルー 〜その①〜 起業家インタビュー



一般社団法人アース・ブレークスルー
★アース・ブレークスルー http://e-breakthrough.jp/

 設  立  2012年7月
 本  店  東京都港区
 主な事業 ・環境保全事業
      ・地域開発事業
      ・環境難民の発生予防に関する情報、知識等の普及、啓発事業
       ほか


*大槻美菜行政書士事務所では2012年7月、一般社団法人設立のお手伝いをさせていただきました。

 

 インタビュアー コメント                

環境保護活動をしているのに、どこかあっけらかんと明るく自然にもITにも精通しているとても面白い菅さん。

話をしていると、いつも笑ってしまうことばかりで、本当に楽しく、環境や自然のことにこれほどワクワク取り組んでいる人は他にはいないんではなかろうかと思ってしまいます。

仕事として環境保護に取り組んでいるのかと思いきや、そのきっかけは育った環境に大きく影響を受けているようです。

環境保護と言った言葉は今でこそ当たり前の言葉ですが、一昔前(二昔くらい?)までは誰も見向きもしなかった概念でもあり、そんな中でもご自身でどんどん活躍の場を広げていく菅さんの姿はまさに、ベンチャー!

菅さんを見ていると、好きこそモノの上手なれ。人生はアドベンチャー。そんな言葉が浮かんできます。私も菅さんに負けないように、楽しくチャンレジ精神旺盛に生きていきたい!そんな風に思えるインタビューでした。

                           [インタビュー日:2012年8月22日]



●インタビュアー:大槻 美菜

●インタビュイー:一般社団法人アース・ブレークスルー 代表理事 菅 文彦さん




『環境保護の活動をはじめるようになったきっかけは何ですか?』


都会が嫌いなんですよね。



ほう。ご出身はどちらですか?



生まれは海外です。小さい時だけですけれど。



そうなんですか。



ふるさとは愛媛の瀬戸内海で、田舎と言えば田舎ですね。そこが原風景なんですよね。石鎚山という一応、西日本では一番高い山があって。知らないと思いますけれど。



はい、すみません。笑



その後は転勤で、千葉県千葉市の幕張メッセのあるあたりに引っ越しました。あのあたりは海を埋め立てたニュータウンで、たしかに海はあるけれど自然がない場所なんですよね。



たしかに。



これは無理やろーと思って。ちょっとこれはいかんなあと。とりあえず高校までは千葉で過ごすとしても高校を出たら親元離れようと思いまして。ちなみに、高校も水産高校を受験したりして親を困らせたりしてね。



あらー。



結果的には千葉市内の普通の高校を卒業しまして、信州大学農学部という日本で一番標高の高い大学へ行きました。



農学部ですか。



田舎でねえ。信州大学はキャンパスがバラバラで、経済学部や医学部は松本っていうそこそこ都会の場所にあるんですが、農学部は“村”にあるんです。南箕輪村っていう。聞いたことないと思うんですけれど。



聞いたことないです。



キャンパス内も人の数より木の数の方が多いっていうね。50ヘクタールくらいあるんですから。50ヘクタールと言ったら普通の学校の100個分くらいですよ。わーーっと木が生えていて、ちょこっと建物があると。



農学部ということは、キャンパス内に農場とかあるんですか?



そうです。畑があったり、農場があったり。でも農学部と言ってもいろいろあって、森林学科とかもあったり。で、あろうことか2年留年しましてね。農学部で。



何をされていたんですか?



いやもう、ぼけーーっとね。





20年前ですが、92年に地球サミットが開催されたんですよ。世界中の首脳がリオデジャネイロに集まって、環境問題についてのサミットをやるっていう、当時としては画期的な出来事で。



今年が「リオ+20」ですね。



そうそう。当時としては本当に画期的でね。当時はまだまだバブル経済でしたから。



そうか。



でまあ、国内の自然保護も良いけど、地球環境というのがタイムリーな話題だったので、そういうことを考え出しまして。






『大学では何を専攻されたんですか?』



2年留年した後、京都大学の熱帯農学科という、いろいろな学校から寄せ集まってきていた大学院に、運良く入ることになりました。



熱帯の地域で農業を教えたりしていたんでしょうか?



研究調査ですね。でも、バックパックでぶらぶらしていたというのが実態ですけれどね。沢木耕太郎の深夜特急ってご存知ですか?



バックパッカー流行のきっかけになった小説ですね。



それを読んでしまったんですよねー。





そういうこともあって、就職するときに、延長線上で海外の環境について関われる仕事が何かないかと思ったんですよね。ま、あるわけないんですけれど。



そうなんですか。



あるとしたらJICAの青年海外協力隊に行くか、もしくは、大学に残って研究者になるか、あるいは、民間のNGOに入るか。で、JICAはちょっと無理だろうと。そもそも気づいたときには募集が終わっていて。





そうこうして、オイスカっていうNGOが、最初の就職先になりました。






『オイスカというのはどのような団体ですか?』



自然環境保護の団体ですね。当時の日本のNGO団体で、海外にフィールドを持って活動をしているところは、他にほとんど無かったんですよね。今でこそ増えていますけれどね。



法人ですか?



財団法人ですね。でも、本当にボランティア団体って言う感じで、手弁当に近いような感じでみんながんばっている、っていう感じでしたね。



オイスカはいつからある団体なんですか?



1961年創立で、この間、創立50周年でしたね。



その頃からアジアの自然保護活動をする団体だつたとすると、かなり早いですよね?



相当早いですね。経済の成長期であった当時からそういうことに取り組んでいるって言うのは、かなり、変わっていますよね。



職員の方は何人くらいいたんですか?



100人くらいですね。



有給スタッフですか?



そうです。あとは海外の現場にも雇用しているスタッフもいました。